小野伸二という天才
いやぁ。引き分けでしたね。イングランド戦。
さすがにアウェイでイングランド戦ということで、大虐殺大会になってるかなぁと思いつつ就寝したのですが、朝起きてネットでニュース見てびっくりですよ。
さて、その同点弾を放った小野伸二。
なんと、おいらと同郷で、静岡の東部出身なんです。
静岡といえばサッカー王国として有名ですが、その静岡で「サッカー不毛の地」と呼ばれる東部地区。
不毛の地といえども、高原(三島)・川口(富士)・沢登(富士宮)など、それなりの選手は輩出していますが、まぁでも高校サッカーでは県大会ベスト8にはどこも入れないような、相対的にレベルの低い地区でもあるのは否定できません。
どちらかというと野球の方が人気があって、それなりに強かったりもしますが、まぁ、サッカーについては不毛の地といわれても仕方ないでしょう。
そんな沼津に生まれ育った小野伸二。
当然野球を・・・というところですが、みなさんご存知の通り非常に苦労人でもあります。
ぶっちゃけいうと、「貧乏」だった、、、というやつです。
スポーツクラブに入ることも出来ずに、ひたすら自分の住む団地の「壁」で1人サッカーをする日々だったそうな。
そんな毎日がサッカー選手としての基礎を作っていったのは不思議な因果ですが(ジダン選手のエピソードに似ているかな)、ある日その伸二の姿がサッカークラブの監督に目に留まり、月謝なしの特別待遇で少年サッカーチームに入ることになったそうです。
その少年サッカークラブで今まで培った才能が開花しました。
天才の名はあっというまに知れ渡り、中学校卒業の際は静岡中の高校が彼をスカウトにきました。
結局、静岡のサッカーエリート校の1つである清水市立商業高校(俗に言う清商)に入学。
彼が3年生のとき、フランスワールドカップ予選の日本対韓国戦の直前にあった国体少年サッカーの対北海道戦。
大勢のサッカー関係者が集まり、その注目が集まっているときです。
中盤から放り込まれたボールを「足の甲」をつかって見事なループシュート」と決めます。
今や伝説となっているそのループシュートですが、それを見たある日本代表関係者が「伸二を今度の韓国戦に出場させろ!」と本気で指示を出していたそうです。
その後、小野伸二の名前はあちこちで聞くことが出来ました。
NHKの特集では、ある解説者がまだ代表召集されていないにもかかわらず「ワールドカップのスタメンには小野伸二を」と力説するほど。
実際彼はフランスでの本大会にわずか18歳で出場し、わずか11分の出場時間ながらも、果敢にシュートを打つなど、その才能の片鱗を見せ付けていました。
それから7年。
その間に、U21の世界大会で準優勝(ちなみに決勝戦は累積警告で出場できず)するなど、「日本の小野」から「世界の小野」に変身していきます。
怪我などで多少のブランクもありつつも、その後オランダに活躍の場を移した彼はめきめきと成長。
今に至っては中田不在の日本代表チームの大黒柱になりました。
伸二の天才振りを表現した、ある清水の翁の言葉です。
「名波(清商の先輩・現ジュビロ)のプレーを見ると、少しでもサッカーを知っている人間なら彼が天才だと分かるんだよ。でもな、伸二のプレーを見るとサッカーを知らない人間でも彼が天才だと分かるんだよ。」
今回の引き分けでますます面白くなってきたサッカー日本代表。
その中でも小野伸二という天才に、これからも注目していきたいと思います。
| 固定リンク


コメント